Read classic Japanese books with furigana
ja-reading.com
Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.
ひとのくに
人の国
豊島 与志雄
Read 人の国 (ひとのくに) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 7,761 characters · 16 screens
爽かな三月下旬の夜明だった。霧とも云えないほど薄すらとしたものが、植込の下影に逃げ迷っていて、清々しく打晴れた空には、薔薇色の光が一面に流れていた。遠く都会の眼覚のどよめきを伝えながらも、空気はまだしっとりと落付いていて、小鳥の眠りを護ってるらしかった。久保田さんは両手を高く差上げ、力一杯に伸びをして、少し肌寒くなるのを快く感じてから、庭の隅々まで歩いてみた。
「ほう、なるほどこれは悪くない!」
銀杏の小さな葉が出かかっていた。楓の可愛いい若葉も拡がりかかっていた。桜の蕾が薄赤くふくらんでいた。紫陽花の枝には指のように太い芽が並んでおり、山吹の枝先にも小さな芽が無数についていた。苔のない柔い地面から匐い出している蚯蚓を、庭下駄に踏み潰すまいとしてひょいと飛び越すと、すぐ眼の前の茂みから、親指大の赤い椿の蕾が覗いていた。
「あら、もうお眼覚めでございますか。」
足音もそれらしい気配さえもなく、不意に起ったその声音に、久保田さんは喫驚して、椿の蕾から振り向くと、十歩ばかり彼方の檜葉の横手に、いつも機嫌のよい仲働きのお清が、殊にその時は一層晴れやかな笑顔をして、まるで宙に浮いたように佇んでいた。