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のぶこ
伸子
宮本 百合子
Read 伸子 (のぶこ) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 232,543 characters · 466 screens
けれども、伸子にして見れば、母が、娘の周囲に現れる男と云えば、きっと悪党ででもあるかのように、没常識な警戒心を抱くのが恐ろしかった。佃が貧しく、社会的背景も持たないため、多計代は一層、彼女の疑惑を深めるのだと思うと、伸子は公憤を覚えた。
再び伸子が手許にかえったことは、彼女にとって勿論悦びなのであった。差し向いになると、伸子が留守であったあいだの寂しさや苦労を、話さずにはいられないらしかった。話せばどうしても佃のことに触れずにはいない。佃の名が出ると、多計代は平静を失った。
父が会社に出勤した後の永い昼間が、伸子にはかなり重荷となるのであった。
「伸ちゃん」
多計代が居間から伸子を呼ぶ。伸子はたいてい、自分の部屋にいた。母の憚りない呼び声が、ぼんやり彼女に迷惑な心持を与える。が、伸子は直ぐ立って行き、そして、母の居間の唐紙をあけた。
「何御用」
多計代は、膝の上に染物の色本をくり拡げていた。彼女は明るい障子の方に本を近づけ、しきりに色を見わけながら云った。
「喜久屋が来たんだがね」
「何をお染めになるの」
「山繭が一反あるから、羽織にでもしようかと思って――どうも近頃はもとと違って、染草が悪いのか、気に入った色がすくないねえ」