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のぶこ
伸子
宮本 百合子
Read 伸子 (のぶこ) by 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 232,543 characters · 466 screens
――その微妙な数秒間の間隙が、伸子に切ない思いをさせた。そこで彼女は、
「ね」
と、真先にその気まずい沈黙を自分から破った。
「一寸皆おききなさい、この話知っている?」
ある時巡査が、一人のこそこそ泥棒を捕まえました。交番に引張って来て、さんざん擲ってから、訊くことには、
「貴様よくもこんな恥知らずなことをした。馬鹿奴! 良心はどうした」
「何ですい? 旦那?」
「リョウシンはどうしたというんだ、人間は誰でも良心を持っているからこそ、悪事のできんのを知らんか、馬鹿!」
「へえ――どうも……何です、わっしの両親は十年前地震で潰れて死にやした」
「なあんだ! ハッハッハッ」
ハッハッハ。一緒に笑いながら、本当にくだらぬ駄洒落だ、本当にくだらぬ自分だ、と、伸子はこせこせ心遣いをする自分に腹が立った。伸子には、佃はああやって安心して、皆と喋っていられない心持だが、部屋の机の上にのっているのは、決して大した仕事ではない。イラン語の詩の古臭い翻訳を書きなおすか、下書きを敷いて、墨汁の罐に筆を出し入れしつつ、更に一通の履歴書を書いているだろうことが分っていた。
十
彼らをかこむ感情の渦巻が複雑で、強くて、伸子は日毎に苦しくなって来た。