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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
Read 名人地獄 (めいじんじごく) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,286 characters · 301 screens
「何、評判? 何が評判だ?」「はいその旦那様のお鼓が」「盲目千人に何が判る」「そうおっしゃられればそれまでですが、一度お鼓が鳴り出しますと、三味線、太鼓、四つ竹までが、一時に音色をとめてしまって、それこそ家中呼吸を殺し、聞き惚れるのでございますよ」
「有難迷惑という奴さな。信州あたりの山猿に、江戸の鼓が何んでわかる」かえって銀之丞は不機嫌であった。
「町人町人、千三屋、その男にはさわらぬがよい」
見かねて造酒が取りなした。「その男は病人だ。狂犬病という奴でな、むやみに誰にでもくってかかる。アッハハハハ、困った病気だ。それよりどうだ碁でも囲もうか」「これは結構でございますな。ひとつお相手致しましょう」
そこで二人は碁を初めた。平手造酒も弱かったが商人も負けずに弱かった。下手同志の弱碁と来ては、興味津々たるものである。二人はすっかりむちゅうになった。
甚三甚内の兄弟の上へ、おさらばの日がやって来たのは、それから間もなくの事であった。その朝は靄が深かった。甚三の馬へ甚内が乗り、それを甚三が追いながら、追分の宿を旅立った。宿の人々はまだ覚めず家々の雨戸も鎖ざされていた。