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だいぼさつとうげ

大菩薩峠19

中里 介山

Read 大菩薩峠19 (だいぼさつとうげ) by 中里 介山 (なかざとかいざん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 319,771 characters · 617 screens

Aozora Bunko

うとも試みないで、霧の中を出て、霧の中を平気で漂うがままに、あえて正面衝突も、木端微塵も辞することなき、無謀千万の行き方でやって来るものですから、こちらの船頭が、火のついたように地団太を踏んで、

「あ、あ、いけねえ、何とか楫を取れねえのか――」

先方は小舟だけに操縦が容易である、こちらは大船だけに運用が自由にならぬ、避けようとすれば先方は、ほんの一挙手の労で済むのだが、それをそうしないために、こちらの船頭は倍級の狼狽をしなければならない。それでも多年の熟練でようやく方向転換ができて、正面衝突だけは避けられたが、その途端に、棹をやって邪慳に相手方の小舟を突き放してみると、そこにも手ごたえがなく、すんなりとはなれる。

「なあんだ、空っ舟だ――」

相手がありさえすればこの場合、舟の衝突は免れても、舟夫同士に相当の口論、腕立てが起るべきところを、相手が人なし舟では喧嘩にならぬ。乗る人がなくて霧の中からさまよい出て来て、突き放さるればまた文句なしに突き放されて行く小舟を、船頭は腕のやり場もなく、しばらく見ていたが、それを見のがしにしなかったのがお角さんです。

「舟夫さん、ちょいと、その舟を留めてみて頂戴、こっちへ引き寄せて見せてもらうわけにはゆかないかねえ」