Japanese reading practice

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おうぎの

扇野

山本 周五郎

Read 扇野 (おうぎの) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 33,727 characters · 67 screens

Aozora Bunko

「私にも話せないというのか」

「堪忍して下さい」おつるは唇で笑った、「誰のちからでも、どうにもならない義理があって、あたしこんど、本当に、人の世話にならなければならなくなりましたの」

「――人の世話に」

栄三郎は、あっという眼をした。

「ね、堪忍して」とおつるは続けた、「初めから旦那も子供もいるつもりだったでしょ、あたしの云ったことが本当で、おさとちゃんの話は嘘だったと思ってちょうだい」

「――本当に、人の世話になるのか」

「ええ、落籍されることに定ったんです、それでこんどこそもう、おめにかかれなくなるから、今日むりに此処へ伴れて来て頂いたんです」

「それで」と栄三郎は握っている手を放した、「――それは、もうどうにもならないのか」

「これだけは、もう、どうにもなりません」

「なんにも後悔はしないんだな」

「あたしの魂はあの絵の中に残るもの」とおつるは明るい口ぶりで云った、「心をこめて落したあの扇子が、あなたの絵の中に残るんですもの、本望だわ」

栄三郎はじっとおつるをみつめ、それから囁くようにもういちど訊いた。

「本当に、どうにもならないんだな」

おつるは頷いた。両端の切れ上った唇をいっぱいにあけた笑い顔で、上眼づかいに彼を見返しながら、はっきりと頷いた。