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せっぷん
接吻
江戸川 乱歩
Read 接吻 (せっぷん) by 江戸川 乱歩 (えどがわらんぽ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 6,279 characters · 13 screens
一
一
近頃は有頂天の山名宗三であった。何とも云えぬ暖かい、柔かい、薔薇色の、そして薫のいい空気が、彼の身辺を包んでいた。それが、お役所のボロ机に向って、コツコツと仕事をしている時にでも、さては、同じ机の上でアルミの弁当箱から四角い飯を食っている時にでも、四時が来るのを遅しと、役所の門を飛び出して、柳の街路樹の下を、木枯の様にテクついている時にでも、いつも彼の身辺にフワフワと漂っているのであった。
というのは、山名宗三、この一月ばかり前に新妻を迎えたので、しかも、それが彼の恋女房であったので。
さてある日のこと、例の四時を合図に、まるで授業の済んだ小学生の様に帰り急ぎをして、課長の村山が、まだ机の上をゴテゴテ取片づけているのを尻目にかけて、役所を駈け出すと、彼は真一文字に自宅へと急ぐのであった。
赤い手絡のお花は、例の茶の間の長火鉢に凭れて、チャンと用意の出来たお膳の前に、クツクツ笑いながら(何てお花はよく笑う女だ)ポッツリと坐っていることであろう。玄関の格子が開いたら、兎の様に飛び出す用意をしながら、今か今かと俺の帰りを待っていることであろう。テヘヘ、何てまあ可愛い奴だろう。