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しのぜんご

死の前後

豊島 与志雄

Read 死の前後 (しのぜんご) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 17,273 characters · 35 screens

Aozora Bunko

そのおしげが、映画をみてもソバをたべても、ちっとも楽しそうな顔をせず、落付のない眼付でそっと蔦子の様子を窺っているらしいのが、蔦子には意外だった。

「なにか、相談ごとがあると云っていたじゃありませんか。」

とうとうおしげからそう尋ねられると、蔦子は笑いだした。

「ええ。でももういいのよ、おばさん。」

おしげは呆れかえったように、歯の一本欠けてる口をもぐもぐさした。それからまた心配そうに、どんなことでも打明けてくれなければいけないとも云った。わたしはお前一人が頼りだとも云った。

「ほんとにいいのよ。」と蔦子は云った。「ただちょっと……大連にでも行ってみようかと、そんなこと考えたことがあったけれど……。」

「え、大連に……とんでもない……。どうしてまたそんなことを……。」

おしげが余りびっくりしたので、蔦子はへんにしみじみとした気持になって、この土地ではいろいろ働きにくいことを話しはじめた。むすめさんだとか、おしゃくから出てるひとだとか、よい看板の家から長年出てるひとだとか、そうした区別がやかましいことなどを述べた。おしげの方では、大連という土地が、まるで地獄のように遠いひどい処だと云いたてた。