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ささめゆき
細雪
谷崎 潤一郎
Read 細雪 (ささめゆき) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 150,580 characters · 287 screens
貞之助と幸子とは、さっきから内々空腹を感じ出していて、互にそっと腕時計を見ては眼を見合わしていたが、会話の跡切れた時を待って、貞之助が云った。
「あなたの兄さん、どうしましたか。今夜お留守ですか」
「あたしの兄さん、毎晩おそく帰ります」
「ママさんは」
「ママさん神戸へ買い物に行きました」
「ああ、そう、………」
では「お婆ちゃん」は御馳走の材料でも仕入れに行っているのではないか、とも思えたが、やがて柱時計が七時を打っても帰って来そうな様子がないので、狐につままれたようであった。妙子は自分が姉達を引っ張って来た責任があるので、だんだん気が揉めて来て、何の支度もしてない食堂の方を無躾に覗き込んだりしたが、カタリナはそれを感じているのかいないのか、時々、ストーブが小さくて石炭が直ぐ立ってしまうので、後から後から石炭を投げ込んでいた。黙ると一層空腹が身にこたえるので、何か話題を見付けてしゃべっていなければならなかったが、そうそう話すこともなくなって、ふっと四人とも無言になる時があると、石炭のごうごう燃える音だけが際立って聞えた。ポインタア系の雑種の犬が一匹、鼻で扉を押し開けて這入って来て、ストーブの火照りが一番よく当る場所を選んで、人間達の脚と脚の隙間へ割り込み、前肢の上に首を伸ばしてぬくぬくと蹲踞まった。