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じけいろく
自警録
新渡戸 稲造
Read 自警録 (じけいろく) by 新渡戸 稲造 (にとべいなぞう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 168,224 characters · 328 screens
いわゆる売りことばに買いことば、こちらが柔和におだやかなる心をもって人に接すれば、相手の柔和な心を抽き出す。鐘もうちよう、人の心も触りようである。お互いに電車に乗っても、こちらが立って席を譲れば相手も、
「ありがとうございます。まあどうぞおかけ下さいまし」
と遠慮の心も起こる。しかし無理に押し込んで入れば、なに此奴がという気が起こりやすい。世を渡るには、
「御免なさい御免なさい」
と遠慮がちなることは、必ずしも卑怯とはいわれぬ。あるいは人によりては、これはずるい方法で、猫を被るとか、猫なで声で人を瞞着するとか、西洋でいう羊の毛を被る狼のごとく、偽善の最も甚だしきもののように思うものもある。むろん偽善の一方法ともなり得るが、しかし恐らくは世の中のことで偽善になり得ないものはあるまい。柔和を偽善と誣うるならば、それと同じく剛毅もまた偽善に供することが出来る。決して偽ものがあるからとてその者を非難するわけに行かぬ、むしろ偽者を出すものは本物が善いからである。悪い者なれば偽が出来るはずはない。善ければ善いほど種々の偽も出来る。猫被りが多いというは、取も直さず柔和は何人でも重んずる証拠である。