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くさまくら
草枕
Read 草枕 (くさまくら) by Natsume Sōseki (夏目 漱石) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 84,485 characters · 170 screens
あぶな気なしに見られる。言を換えて云えば、利害に気を奪われないから、全力を挙げて彼らの動作を芸術の方面から観察する事が出来る。余念もなく美か美でないかと鑒識する事が出来る。
ここまで決心をした時、空があやしくなって来た。煮え切れない雲が、頭の上へ靠垂れ懸っていたと思ったが、いつのまにか、崩れ出して、四方はただ雲の海かと怪しまれる中から、しとしとと春の雨が降り出した。菜の花は疾くに通り過して、今は山と山の間を行くのだが、雨の糸が濃かでほとんど霧を欺くくらいだから、隔たりはどれほどかわからぬ。時々風が来て、高い雲を吹き払うとき、薄黒い山の背が右手に見える事がある。何でも谷一つ隔てて向うが脈の走っている所らしい。左はすぐ山の裾と見える。深く罩める雨の奥から松らしいものが、ちょくちょく顔を出す。出すかと思うと、隠れる。雨が動くのか、木が動くのか、夢が動くのか、何となく不思議な心持ちだ。
路は存外広くなって、かつ平だから、あるくに骨は折れんが、雨具の用意がないので急ぐ。帽子から雨垂れがぽたりぽたりと落つる頃、五六間先きから、鈴の音がして、黒い中から、馬子がふうとあらわれた。