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きんろう
金狼
久生 十蘭
Read 金狼 (きんろう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 89,438 characters · 179 screens
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人影のない長い廊下には、警察署特有の甘い尿の臭が漂っていた。喰い荒した丼や箱弁の殻がいくつも投げだされていて、そのうえを蠅が飛びまわっていた。遠くで、劇しく撃ちあう竹刀の音がしていた。〈司法主任〉という標札のかかった扉があいて、分厚な書類の綴込をかかえた丸腰の巡査のあとから、葵がそろそろと出てきて、窓ぎわのベンチへ腰をおろした。
面やつれがして、まるで違うひとのように見えた。服は寝皺でよれよれになり、背中に大きな汗の汚点をつくっていた。首すじや手の甲はいちめんに、南京虫にやられた、ぞっとするような赤い斑点で蔽われていた。
巡査がつぎの扉へきえると、葵はぼんやりした眼つきで窓のそとを眺めながら、無意識のようにぽりぽりと手の甲を掻きはじめた。
窓のそとは空地になっていて、烈しい陽ざしの下で、砂利が白くきらめいていた。
葵は急に眼をとじた。瞼のあいだから涙が流れだしてきた。泣いているのではない。烈しい光が睡眠不足の眼を刺激したのだ。
葵は三日目にようやく留置をとかれた。極度の疲労と緊張のあとの麻痺状態が頭を無感覚にして、なにも考えることが出来なかった。