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でんしゃていりゅうじょう
電車停留場
豊島 与志雄
Read 電車停留場 (でんしゃていりゅうじょう) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 15,082 characters · 31 screens
」
声の調子がいやに落付いているので、沼田英吉は一歩退って、その様子を見調べた。
「君の職務上の考慮も充分に分っているが、」と男は云い進んだ、「何しろも一人の男も逃げてしまったそうだし、まあこれくらいにしておいたらいいだろう。僕に免じて此処のところは引取ってくれ給え。」
そうして彼はポケットの紙入から名刺を取出して、沼田英吉に手渡しした。
沼田英吉は不審そうにそれを受取って、相手の顔から名刺へ眼を落した。名刺には太い活字で東京地方裁判所検事安藤竜太郎、と刷り込んであった。
沼田英吉は思わずはっと姿勢を直した。
沼田巡査までが名前を聞き知っている、地方裁判所での上席検事安藤竜太郎は、その日公判の論告をやったのだった。情夫殺しとして新聞に書き立てられた、某美人に就てのものだった。彼はその予審調書によって、充分情状酌量の余地あることを見て取って、可なり寛大な論告草稿を拵えておいた。所が、公判廷で見た被告の横顔によって、どうした感情からか、昔の自分の恋人を思い出したのである。今迄嘗てなかったことではあるし、神聖なる法廷に於てのことなので、自分でも意外だったが、変にその方へ感情が引かされてゆき、憎悪の眼が被告の方へ引かれていって、どうにも仕方なくなった。