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きりん
麒麟
谷崎 潤一郎
Read 麒麟 (きりん) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,040 characters · 18 screens
」
すると、孔子は面を改めて、厳格な調子で、
「私は珍らしいもの、不思議なものを知りませぬ。私の学んだ事は、匹夫匹婦も知って居り、又知って居らねばならぬ事ばかりでございます。」
と答えた。夫人は更に言葉を柔げて、
「妾の顔を見、妾の声を聞いた男は、顰めたる眉をも開き、曇りたる顔をも晴れやかにするのが常であるのに、先生は何故いつまでも其のように、悲しい顔をして居られるのであろう。妾には悲しい顔は凡べて醜く見える。妾は宋の国の宋朝と云う若者を知って居るが、其の男は先生のような気高い額を持たぬ代りに、春の空のようなうらゝかな瞳を持って居る。また妾の近侍に、雍渠と云う宦者が居るが、其の男は先生のように厳な声を持たぬ代りに、春の鳥のような軽い舌を持って居る。先生がまことの聖人であるならば、豊かな心にふさわしい、麗かな顔を持たねばなるまい。妾は今先生の顔の憂の雲を拂い、悩ましい影を拭うて上げる。」
と、左右の近侍を顧みて、一つの函を取り寄せた。
「妾はいろ/\の香を持って居る。此の香気を悩める胸に吸う時は、人はひたすら美しい幻の国に憧れるであろう。」
かく云う言葉の下に、金冠を戴き、蓮花の帯をしめた七人の女官は、七つの香炉を捧げて、聖人の周囲を取り繞いた。