Japanese reading practice

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いしがおごる

いしが奢る

山本 周五郎

Read いしが奢る (いしがおごる) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 22,304 characters · 45 screens

Aozora Bunko

四

彼女に末の約束をした恋人があるということは、みんなが知っていた。いし自身でもときに失言することがあり、赤くなって顔の紐を解くのだが、それが少年のようにすなおな嬌羞で、まわりの者の気持をなごやかに楽しませるのであった。

八月中旬の或日、もう燈のつくじぶんであったが、保馬が酒に労れてふと庭へ出ると、いしが追って来てそっと囁いた。

「お願いですから掬水亭へ伴れていって下さいまし、ね」

いしはいつもとは違う眼つきをしていた。保馬は頷いて、脇の木戸から、いしといっしょにぬけだした。

「駈落ちみたいですわね」

いしは嬉しそうに囁いた。

四

望湖庵は玄妙ヶ岡の中腹にあった。文珠へは裏道づたいにゆくことができる、北陸は秋が早いのだろうか、松や雑木林のある山道には、もう芒が穂を出しはじめ、栗の木の下では熟れた実のはぜて落ちる音がした。

「このまま、こうして」といしが低い声で云った、「どこまでも、どこまでもゆけたら、どんなにいいでしょう」

「逃げだしたくなったのか」

「ごいっしょにいたいんですの」

「人違いは一度でたくさんだ」

「またそんなふうに」そう云いかけていしは眼を伏せた、「でもそうですわね、いしには大事な人がいるし、本信さまは御城代のお嬢さまを迎えて、江戸へお帰りなさるのですものね」