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おばなさわ
おばな沢
山本 周五郎
Read おばな沢 (おばなさわ) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 22,479 characters · 45 screens
その矢表に英之助がいる、彼は気づかない、足もとを見ながら、部下の者を指揮しながら、その矢の正面をゆっくり歩いてゆく。――弓はきりきりと絞られる、狙いに狂いはない、彼はそこに来た。そして弓弦が鳴る。
「――ああっ」
節子は思わず声をあげ、身ぶるいをする。自分の描いた空想の矢が、戸田の胸へ突き刺さる音まで聞えるようだ。
――あのときの言葉はなにかの前兆かもしれない、本当に結婚はできないのかもしれない。……こうしているまにも、あの方は土民の矢に当って死んでいるのではないだろうか。
そんなふうな妄想がしつこく胸を占め、じっと寝ているに耐えないような気持になる。早く病気をなおして、尾花沢を訪ねてゆこう、……そう思うようになったのは、その前後からのことであった。
手紙はその後ぱたりと来なくなった。
兄にどなられたので怒ったのか、それともすでに雪の季節にはいって、城へ連絡がなくなったのか、どちらかわからない。
もしかすると本当に土民の矢で不幸なめにあい、自分だけが知らずにいるのではないか。――人間はこんなばあいに不幸な予想ほど信じたくなるものだ、節子は病床で少しもおちつかず、あに嫁の苦労のない笑いごえなどを聞くと苛々した。