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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

Read しじみ河岸 (しじみがし) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 25,438 characters · 51 screens

Aozora Bunko

律之助は絶句した。伊与吉の仮面のように無表情な顔と、その水のように無感動な反問とは、殆んど絶望的に、人をよせつけないものであった。伊与吉の家を出た彼は、蜆河岸へいってみた。

雨はさしてつよい降りではないが、そこはひっそりとして、掘割の繋ぎ船にも人影はなかった。彼は空き地へ入ってゆき、そこに佇んで、あたりを眺めまわした。

「此処でなにかがあった」と彼は口の中で呟いた、「口書に記された以外のなにごとかが、――この雑草どもはそれを見ていた」

空き地にはところ斑に雑草が生えていた。そこはかつて砂利置き場にでも使ったのか、いちめんに礫がちらばっていて、その合間あいまにかたまって草が伸びている。もう晩秋のことで、みな枯れかかって茶色にちぢれ、なかにはすっかり裸になって、白く曝された茎だけになったのもある。そうして、それらは雨に打たれながら、近づいている冬の寒さをまえに、ひっそりと息をひそめているといったふうにみえた。

「おまえたちは見ていたんだ」と彼は草を眺めながら云った、「七夕の夜ここでなにがあったかを、――おまえたちに口があったら、それを云うことができるんだのにな」