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すみだがわ
すみだ川・新橋夜話 他一篇
永井 荷風
Read すみだ川・新橋夜話 他一篇 (すみだがわ) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 44,378 characters · 88 screens
四
釣師はいずれも木像のように黙っているし、甘酒屋の爺は居眠りしている。午過の川端はますます静になって犬さえ歩いて来ない処から、さすがの長吉も自分は何故こんなに気まりを悪がるのであろう臆病なのであろうと我ながら可笑しい気にもなった。
両国橋と新大橋との間を一廻した後、長吉はいよいよ浅草の方へ帰ろうと決心するにつけ、「もしや」という一念にひかされて再び葭町の路地口に立寄って見た。すると午前ほどには人通りがないのに先ず安心して、おそるおそる松葉屋の前を通って見たが、家の中は外から見ると非常に暗く、人の声三味線の音さえ聞えなかった。けれども長吉には誰にも咎められずに恋人の住む家の前を通ったというそれだけの事が、殆んど破天荒の冒険を敢てしたような満足を感じさせたので、これまで歩きぬいた身の疲労と苦痛とを長吉は遂に後悔しなかった。
四
その週間の残りの日数だけはどうやらこうやら、長吉は学校へ通ったが、日曜日一日を過すとその翌朝は電車に乗って上野まで来ながらふいと下りてしまった。教師に差出すべき代数の宿題を一つもやって置かなかった。英語と漢文の下読をもして置かなかった。