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たんげさぜん

丹下左膳

林 不忘

Read 丹下左膳 (たんげさぜん) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 340,187 characters · 666 screens

Aozora Bunko

かれは、泰軒をおつるに預けさげたのちも、たびたびお微行で茶碗屋の暖廉をくぐったが、それがいつしか泰軒を訪れるというよりも、その席へ茶菓を運んでくるおつるの姿に接せんがため――ではないか? と忠相自身もわれとわが心中に疑いだしたある日、ずばりと泰軒が図星をさした。

「おぬしは、おつる坊を見にくるのだな。はははは。かくすな、かくすな。いや、そうあってこそ奉行も人だ。おもしろい」

忠相はなんとも言わずに、胸を開いて大笑した。

ただそれだけだった。

これが恋であろうか。よしや恋は曲者にしても、お奉行大岡様と宿屋の娘……それはあまりにも奇しき情痴のいたずらに相違なかった。

が、爾来いく星霜。

身は栄達して古今の名奉行とうたわれ、世態人情の裏のうらまで知りつくしたこんにちにいたるまで、忠相はなお、かつて伊勢の山田のおつるへ動きかけた淡い恋ごころを、人知れず、わが世の恋と呼んでいるのだった。

陽の明るい縁などで、このごろめっきりふえた白髪を抜きながら、忠相がふと、うつらうつらと蛇籠を洗う五十鈴川の水音を耳にしたりする時、きまって眼に浮かぶのはあのふくよかなおつるの顔。