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へいけがに
伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集
岡本 綺堂
Read 伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集 (へいけがに) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 203,094 characters · 411 screens
身もふるえ、唇もおののいて、もうなんにも言うことの出来なくなった彼は、無言で父の前をついと起ってしまった。この場合、山名の縁談などまるで問題にはならなかった。
あらためて説明するまでもなく、師直はかの「小夜衣」の講釈を権右衛門から教えられたのであった。侍従をおどして白状させて、彼はあっぱれの忠義ぶりを主人に見せたのであるが、その結果はおそろしいものになって現われた。これまでにいろいろに手を換え、品を換え、ついには娘や兼好の知恵までも仮りて、執念ぶかく口説き落とそうとした塩冶の妻は、どうしても心を動かそうとはしなかった。小夜衣の返歌は彼に対する最後の一偈で、しょせん自分の望みは遂げられないものと覚りながらも、彼の根強い執着心はまだこの恋を思い切ることが出来なかった。焦れて狂って悶えて、彼はもう理非を弁別する余裕をうしなって、かの兼好が言った通り、この世では身をやぶり家をほろぼし、来世は地獄に堕ちるとも、彼は邪が非でもこの望みを押し通さなければならないといらだった末に、彼は塩冶を謀叛人に陥してその妻を奪い取ろうと巧らんだのであった。
この非常手段は今までも時々に彼の頭の奥にひらめかないではなかったが、幾分か残っている理性の力でともかくも抑え付けていたのを、彼はいよいよ思い切って実行することになった。