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とねのしゃくあゆ
利根の尺鮎
佐藤 垢石
Read 利根の尺鮎 (とねのしゃくあゆ) by 佐藤 垢石 (さとうこうせき) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 6,342 characters · 13 screens
一
私は利根川の水に生まれ、利根川の水に育った。
利根川の幽偉にして、抱擁力の豊かな姿を想うと、温かき慈母のふところに在るなつかしさが、ひとりでに胸へこみあげてくる。私は、幼いときから利根川の水を呑んだ。泳いだ。そして釣った。
上州と、越後の国境に聳え立つ山々へは、冬のくるのが早い。十月下旬にもう雪が降る。大赤城の山裾は長く西へ伸び、榛名山の裾は東へ伸びて、その合する峡の奥に白い頭を尖らした山々が私の生まれた平野の村から遙かに望める季節になれば、もう秋も終わりに近い。
尖った山は、武尊岳だ。子持山と、小野子山を繋ぐ樽の上に、丸い白い頭をだして下界を覗いているのは、谷川岳である。その隣の三角山は、茂倉岳だ。
上越国境を信州の方へ、遠く走っているのは三国峠の連山だ。これも白い。大利根川はこれらの山の雪の滴りを、豊かに懐に抱いて下ってくるのである。
だが、大利根のほんとうの水源は、それらの山々のさらに奥の奥に隠れている。水源は奥山の巨巖に自然に刻まれた阿彌陀如来の立像の臍の穴から、一滴ずつ落ちる水であると父母から聞かされた。少年の私は、父母にも替え難い利根川の水の源に憧れて、幾たび大刀寧岳の姿を、夢に描いたことであろう。