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はんとういっきしょう
半島一奇抄
泉 鏡花
Read 半島一奇抄 (はんとういっきしょう) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,324 characters · 27 screens
獅子浜在の、良介に次吉という親子が、気を替えて、烏賊釣に沖へ出ました。暗夜の晩で。――しかし一尾もかかりません。思切って船を漕戻したのが子の刻過ぎで、浦近く、あれ、あれです、……あの赤島のこっちまで来ると、かえって朦朧と薄あかりに月がさします。びしゃりびしゃり、ばちゃばちゃと、舷で黒いものが縺れて泳ぐ。」
「鼠。」
「いや、お待ち下さい、人間で。……親子は顔を見合わせたそうですが、助け上げると、ぐしょ濡れの坊主です。――仔細を聞いても、何にも言わない。雫の垂る細い手で、ただ、陸を指して、上げてくれ、と言うのでしてな。」
「可厭だなあ。」
「上げるために助けたのだから、これに異議はありません。浜は、それ、その時大漁で、鰯の上を蹈んで通る。……坊主が、これを皆食うか、と云った。坊主だけに鰯を食うかと聞くもいいが、ぬかし方が頭横柄で。……血の気の多い漁師です、癪に触ったから、当り前よ、と若いのが言うと、(人間の食うほどは俺も食う、)と言いますとな、両手で一掴みにしてべろべろと頬張りました。頬張るあとから、取っては食い、掴んでは食うほどに、あなた、だんだん腹這いにぐにゃぐにゃと首を伸ばして、ずるずると鰯の山を吸込むと、五斛、十斛、瞬く間に、満ちみちた鰯が消えて、浜の小雨は貝殻をたたいて、暗い月が砂に映ったのです。