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ばいしょくかもなんばん
売色鴨南蛮
泉 鏡花
Read 売色鴨南蛮 (ばいしょくかもなんばん) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,926 characters · 28 screens
あるいはそれが余りよく似たのに引込まれて、心に刻んだ面影が緋縮緬の方に宿ったのであろうも知れぬ。
よし、眉の姿ただ一枚でも、秦宗吉の胸は、夢に三日月を呑んだように、きらりと尊く輝いて、時めいて躍ったのである。
――お千と言った、その女は、実に宗吉が十七の年紀の生命の親である。――
しかも場所は、面前彼処に望む、神田明神の春の夜の境内であった。
「ああ……もう一呼吸で、剃刀で、……」
と、今視めても身の毛が悚立つ。……森のめぐりの雨雲は、陰惨な鼠色の隈を取った可恐い面のようで、家々の棟は、瓦の牙を噛み、歯を重ねた、その上に二処、三処、赤煉瓦の軒と、亜鉛屋根の引剥が、高い空に、赫と赤い歯茎を剥いた、人を啖う鬼の口に髣髴する。……その森、その樹立は、……春雨の煙るとばかり見る目には、三ツ五ツ縦に並べた薄紫の眉刷毛であろう。死のうとした身の、その時を思えば、それも逆に生えた蓬々の髯である。
その空へ、すらすらと雁のように浮く、緋縮緬の女の眉よ! 瞳も据って、瞬きもしないで、恍惚と同じ処を凝視めているのを、宗吉はまたちらりと見た。
ああその女?
と波を打って轟く胸に、この停車場は、大なる船の甲板の廻るように、舳を明神の森に向けた。