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だいぼさつとうげ
大菩薩峠10
中里 介山
Read 大菩薩峠10 (だいぼさつとうげ) by 中里 介山 (なかざとかいざん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 285,635 characters · 558 screens
そうしている間にお角は、がんりきを、遮二無二、自分の乗って来た駕籠の中におっぺし込んでしまいました。
十一
暮れ行く海をながめて立つ清澄の茂太郎は、即興の歌をうたいました。
古への人に我ありと
近江の国の……
これは、いつもながらの出任せであります。ひとたび、耳か、眼か、いずれかの器官かによって脳髄にうつったものが、時あって、口をついて現われるのは、頭脳の反芻とは言わば言うべきものですが、時によっては、意外なる消化をもって、全く、独創的に現われて来ることもあれば、記憶そのままが、すんなりと、暗誦の形で現われて来ることもあるのであります。
古への人に我ありと
近江の国の……
ここまでは、はからず口をついて出たでたらめでありますが、近江の国の……と口走ったところから、
近江の国の
ささ波の
大津の宮に
天の下
知ろしめしけむ
すめろぎの
神のみことの
大宮はここと聞けども
大殿はここといへども
春草の……
と咽喉が裂けるほどの声で歌い出しました。これは創作でもなければ、出任せでもない。故郷の荒廃を見て、豪邁なる感傷を歌った千古不滅の歌であります。
「あっ!」
この豪邁なる感傷の歌を声高く歌って、暮れ行く海の表をながめている時、不意に潮が満ちて来て、その足もとを洗ったものですから、茂太郎が、あっ! と驚きました。