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しょうしょうしげもとのはは
少将滋幹の母
谷崎 潤一郎
Read 少将滋幹の母 (しょうしょうしげもとのはは) by 谷崎 潤一郎 (たにざきじゅんいちろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 83,234 characters · 160 screens
………ようございますね、お分りになりましたね」
滋幹は点頭したゞけであったが、
「お母さまにだけお見せになるんですよ、ほかの人には何卒お見せにならないで」
と、男は重ねて念を押した。
それから多分滋幹は、いつものように渡殿で讃岐が合図してくれるのを待ってから、母に会いに行ったのであろう。そこのところは記憶がうすれているのであるが、几帳のかげに這入って行って、膝の上に抱かれた時、
「お母さま」
と云って、袂をまくって見せたのであった。母は一と眼で直ぐに事情を悟ったらしかったが、部屋が暗いので、几帳を押し除けて、外の明りを入れた。そして我が子を膝からおろして、明るい方へ腕を向けさせて、何度も/\繰り返して読んだ。滋幹は、誰がこれを書いたかとも、誰に頼まれたのかとも、母が一切そう云うことを尋ねないで、何も彼も分っているらしいのが不思議であったが、ふと、眼の前をきらりと落ちたものがあるので、訝しみながら振り仰ぐと、母が涙を一杯ためてあらぬ方角を視詰めていた。母の容貌を心から美しいと思ったのは、その一瞬のことであったが、それはちょうどその時に、春の日ざしの照り返しが、まともに母の顔の上にたゞよっていて、いつも奥深い暗いところでばかり見ていた輪郭が、くっきり浮き出していたせいであった。