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あずさがわのじょうりゅう
山岳紀行文集 日本アルプス
小島 烏水
Read 山岳紀行文集 日本アルプス (あずさがわのじょうりゅう) by 小島 烏水 (こじまうすい) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 138,795 characters · 274 screens
焼岳を雨もよいの中に越え、また神河内へと戻って来た私は、蒲田谷の乱石を渉るとき、足首を痛め、弱りこんでいたが、穂高岳の黒く縅した岩壁が、鶏冠のような輪廓を、天半に投げかけ、正面を切って、谷を威圧しているのを、温泉宿の二階から仰ぎ見ていると、ここで草鞋を脱ぎ切ってしまうのは、残念で堪まらない、きのうまで案内に連れて歩いた嘉門次爺が「やれお疲れなさんしつろう」と障子の外から声をかけて、入って来た。
爺はことし六十五であるが、穂高山の主と言われるくらいな山男で、何でも二十五、六歳のころ、旧の師走であったが、三人連れで、この温泉の上まで、猟にやって来たとき、雪崩れに押し流されて、一里も下まで落っこち、左の脚を折ったということで、もし自分一人であったら、到底命は助からなかったろうと、物語った。今でも気をつけて視ると、すこし跛足を引いているが、利かぬ気の父ッさんである、この嘉門次が一年中の半分は、寝泊りしているところは、温泉宿から半里ばかり、宮川の小舎といって、穂高岳の麓にある、宮川の池の畔にしつらえた、間口二間奥行二間半ほどの、木造小舎である、この小舎の後ろから、穂高岳は、水の綺麗に澄んでいる