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あやしのやかた
怪しの館 短編
国枝 史郎
Read 怪しの館 短編 (あやしのやかた) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 81,915 characters · 165 screens
娘の声は思慕的であった。
「思うところはございません」
「それが……」と武士の声がした。たしなめるような声であった。「こういう受難を産んだのだよ」
「可哀そうな可哀そうなお母様!」
「だが私達も可哀そうだった」
「虐げられたのでございますから」
「で、それから逃がれなければならない。そうしてその上へ出なければならない」
「逃がれなければなりません。その上へ出なければなりません」
「で、お前は行かなければならない」
「弁吉、右門次、左近を連れて……」
「そうだ、そうして、その上で、所作をしなければならないのだ」
「同じようなことを、長い間……」
「目っからないからだよ、適当な人が……」
「恐らく生涯目っかりますまい」
「目っけなければならないよ。……それも今夜! 今夜限りに!」武士の声には真剣さがあった。
「でも、お父様のある限りは……」こういった娘の声の中には、いよいよ思慕的の響きがある。
と、泣き声が聞こえて来た。
娘が泣いているのらしい。
まだ宵である。で静かだ。屋敷は郊外にあるらしい。
「行っておいで!」と武士の声がした。
「はい」と娘の声がした。
後は森閑と静かである。
間もなく門の開く音がして、それが遠々しく聞こえて来たが、すぐに閉じる音がした。