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うらみなきさつじん
恨なき殺人
宮島 資夫
Read 恨なき殺人 (うらみなきさつじん) by 宮島 資夫 (みやじますけお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 27,611 characters · 56 screens
誰もこの中で口を利くものはなかった。絶えず流れて来る額の汗を拭きながら、黙って草を分けて進んだ。谷を越すと漸く雑木林の山路になった。けれども低い木立は、涼むに足るような蔭をつくっていなかった。
嶺に登り詰めた時には、今朝着替えた池田のズボンも脚袢も、また絞るように濡れていた。
「酷い暑さだね」と彼は、やっと言った。
「何しろ岩屋まで行きましょうや、あすこなら涼しいから」と萩野が言ったので、彼等はまた山を下りはじめた。
山を真中からそぎとったように、高い岩が両側に聳えていた。真中の崖の上からは、清水の集ったのが、滝のように流れ落ちている。右側の切立った岩の中腹には、洞を掘った中に、観音の堂が造ってあるので、此処のことを窟の観音と言うのであった。崖の下の平地には梢の暗い杉の木が茂っているので、焼くような日の光りも根方までは通らないので、薄暗い木の間には、しんめりとした冷たい大気が漂って、あたりは夜のように静寂であった。
池田は崖の下の小さな滝壺に手拭を浸しては、汗になった身体を拭いた。身内に残っていた酒精が汗と共にすっかり出切って了ったように、頭も身体も軽くなった。