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おんじん

恩人

豊島 与志雄

Read 恩人 (おんじん) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,268 characters · 27 screens

Aozora Bunko

年毎に彼の身体に悪影響を伝える初春の季節が過ぎ去った後、彼はまた静かなる書斎の生活をはじめた、去ってゆく時の足跡をじっと見守っているような心地をし乍ら。木蓮の花が散って、燕が飛び廻るのを見守っては、只悠久なるものの影をのみ追った。然しその影の淡々しいのを彼の心が見た。

前日からの風が夜のうちに止んで、朗らかな朝日の影が次第に移っていった。その時女中が一封の信書を彼の書斎に届けた。裏を返すと彼の心は一瞬の間緊縮された。手紙は京都の若い叔父からであった。彼は暫く眼を空間に定めて、それから封を切ってみた。断片的な簡短なる文句が続いている。

一度御地の旧物を訪わんと存候えど、閑暇――閑暇はあり乍ら心臆して未だその期を得ざるままに日を暮し候。その後出京の念漸く成りて本夕出発、明日は多分御面接を得ることと存候。御新棲の有様も伺いたくと存候えば……。

それから又こんな文句もあった。

但し此度は微行に候、微行とは誇言なれど、此度の出京は君等の外誰も知る者なしとの意に候。然しそは特別の用件あるが故には候わず。ただ一泊の訪問なるを予め御報申さんが為に候……。

其処を彼はくり返して読んでみた。