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おんしゅうのかなたに
恩讐の彼方に
菊池 寛
Read 恩讐の彼方に (おんしゅうのかなたに) by 菊池 寛 (きくちかん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 22,824 characters · 46 screens
「おわさないでなんとしょう。了海様は、この洞の主も同様な方じゃ。はははは」と、石工は心なげに笑った。
実之助は、本懐を達すること、はや眼前にありと、欣び勇んだ。が、彼はあわててはならぬと思った。
「して、出入り口はここ一カ所か」と、きいた。敵に逃げられてはならぬと思ったからである。
「それは知れたことじゃ。向うへ口を開けるために、了海様は塗炭の苦しみをなさっているのじゃ」と、石工が答えた。
実之助は、多年の怨敵が、嚢中の鼠のごとく、目前に置かれてあるのを欣んだ。たとい、その下に使わるる石工が幾人いようとも、切り殺すに何の造作もあるべきと、勇み立った。
「其方に少し頼みがある。了海どのに御意得たいため、遥々と尋ねて参った者じゃと、伝えてくれ」と、いった。石工が、洞窟の中へはいった後で、実之助は一刀の目くぎを湿した。彼は、心のうちで、生来初めてめぐりあう敵の容貌を想像した。洞門の開鑿を統領しているといえば、五十は過ぎているとはいえ、筋骨たくましき男であろう。ことに若年の頃には、兵法に疎からざりしというのであるから、ゆめ油断はならぬと思っていた。
が、しばらくして実之助の面前へと、洞門から出てきた一人の乞食僧があった。