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あくのはなたば
悪の花束
久生 十蘭
Read 悪の花束 (あくのはなたば) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 23,888 characters · 48 screens
それどころか、紳士が席を立つまで、絶えず愉快そうに話しあっていたのだから、この間の時間は、自殺にも、他殺にも、なんの関係もなかったと見ていい。
ピロンは、発車間際に車に飛び乗るなり、まっすぐ前部の席へ行き、夫人が掛けているのを認めたが、そのときから降りるまでの間、夫人は微動もしない静止状態をつづけていた。いかにホスゲン瓦斯でも、吸入時には、瞬間、劇しいショックを起すものだから、すぐ傍にいるピロンの注意をひかずにはすまなかったろう。
詮じつめたところ、夫人の死因はやはり自殺だったので、ホームに停車している一分ほどの間に、ほかに誰もいない車室の中でひっそりと行なわれたものだろうが、いままで上機嫌だった夫人がどういう心境の変化によってそんな不自然な環境で、突発的に自殺を決行しなければならなかったのか?
青い猟服の紳士の素性が知れれば、その辺の隠れた事情がわかるかもしれない。それで、まず手はじめに、モニエ氏の家へ行って、小間使に夫人の当日のようすを聞いてみた。
小間使の話。
夫人は快活なひとで、時にはずいぶんはしゃぐこともある。その日も、ちょうどそんなふうで、機嫌よく一人で午食し、オペラ座の近くにある「レックス」