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あくじゅうへん
悪獣篇
泉 鏡花
Read 悪獣篇 (あくじゅうへん) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 36,715 characters · 73 screens
は何々ぞ。紺に、瑠璃に、紅絞り、白に、水紅色、水浅葱、莟の数は分らねども、朝顔形の手水鉢を、朦朧と映したのである。
夫人は山の姿も見ず、松も見ず、松の梢に寄る浪の、沖の景色にも目は遣らず、瞳を恍惚見据えるまで、一心に車夫部屋の灯を、遥に、船の夢の、燈台と力にしつつ、手を遣ると、……柄杓に障らぬ。
気にもせず、なお上の空で、冷たく瀬戸ものの縁を撫でて、手をのばして、向うまで辷らしたが、指にかかる木の葉もなかった。
目を返して透かして見ると、これはまた、胸に届くまで、近くあり。
直ぐに取ろうとする、柄杓は、水の中をするすると、反対まえに、山の方へ柄がひとりで廻った。
夫人は手のものを落したように、俯向いて熟と見る。
手水鉢と垣の間の、月の隈暗き中に、ほのぼのと白く蠢くものあり。
その時、切髪の白髪になって、犬のごとく踞ったが、柄杓の柄に、痩せがれた手をしかとかけていた。
夕顔の実に朱の筋の入った状の、夢の俤をそのままに、ぼやりと仰向け、
「水を召されますかいの。」
というと、艶やかな歯でニヤリと笑む。
息とともに身を退いて、蹌踉々々と、雨戸にぴッたり、風に吹きつけられたようになって面を背けた。