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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

Read 新書太閤記 (しんしょたいこうき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 176,911 characters · 353 screens

Aozora Bunko

――それに、おからだも至極すこやかだ。近頃、紅毛人の外科医に命じ、入れ歯などおさせ申しておる」

「お情け、忝う存ずる」

三郎兵衛は、情に打たれて、さし俯向いた。――が、思い切ったていでまた云った。

「さまで、お手厚うして戴きながら、この上のお縋りは申しあげ難いが。……実は、あの老母が、幼少から慈んでいた末娘が、近頃病のため、母のことのみ申し、うわ言にも、母よ母よと恋い、起きても、会いたや、一ト目会いたやと、泣き慕うてやまぬのでおざる」

「ほ。それはそれは」

「嬰児でもない。年もはや、十八という娘、聞きわけのない愚痴をと、叱りはするものの、ゆうべも母の夢を見た……と余命の迫る身と知りつつ、訴うるのを聞けば、人間、誰にもある母子の情――。つい、あわれでおざってのう」

「ごもっともじゃ」

「弱りまいた。……おたがい戦場でなら、骨肉の屍もふむが」

「む、む」

甚内は、相手の涙ぐむのを見て、われとわが心の揺れを、抑えつけていた。情に脆い生来を省みる警戒だった。

けれど、その娘はすでに命旦夕にあるというし、日常、見ている人質の孤独な老母の心情も思い遣ると、彼は、泣くまいとしても、ぼろぼろ貰い泣きせずにいられなかった。