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ぎじんのすがた
日本の怪談
田中 貢太郎
Read 日本の怪談 (ぎじんのすがた) by 田中 貢太郎 (たなかこうたろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,030 characters · 115 screens
雨戸を開けてしまった後で、益之助は玄関からおりて家の西側へ廻ってみた。桃の木や柿の木が生えて、その嫩葉(わかば)に出たばかりの朝陽が当っていた。簷下を見ると物干竿は平生(いつも)のように釣るされていた。益之助はまた嘲笑った。
朝飯の膳に向ったところで女房が物干竿のことを云いだした。女房もやっぱり気になっていたので、井戸の水を汲みながら家の西側の簷下を覗いていたのであった。
「お庭の方に、まだ有りましょうか」
「無い無い、あるもんか」
益之助はこう云って大きな声で笑った。そして、飯が済むと平生(いつも)のように藩庁へ出て往って夕方になって帰って来た。
「なにも変ったことはなかったか」
家には別に変ったことはなかった。その日の夕方から雨になって家の中は生温かかった。寝床へ入ると女房はまた物干竿のことを話しだした。
「なに、狸かなにかだろう」
益之助はもう気にも留めていないと云う風にして、女房の詞(ことば)になま返事をしていた。と、がたりと前夜のような物音がした。益之助は眼を開けた。
「同じ音だな」
こう云って耳を澄ましたがもう何の音もしない。
「また物干竿でございましょうか」