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にちりん
日輪・春は馬車に乗って 他八篇
横光 利一
Read 日輪・春は馬車に乗って 他八篇 (にちりん) by 横光 利一 (よこみつりいち) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 86,787 characters · 177 screens
二十三
「ああ、大兄、大兄、爾は我を残して何処へ行った。何処へ行った。」
二十三
反耶は夜中眼が醒めると、傍から不弥の女が消えていた。そうして、彼の見たものは自分の片手に握られた乾いた一つの酒盃と、肉塊を冠って寝ている反絵の口を開いた顎とであった。
「不弥の女、不弥の女。」
彼は立ち上って卑弥呼の部屋へ行こうとしたとき、反絵の足に蹉いて前にのめった。しかし、彼の足は急いでいた。彼は蹌踉めきながら、彼女の部屋の方へ近づくと、その遣戸を押して中に這入った。
「不弥の女。不弥の女。」
卑弥呼は白鷺の散乱した羽毛の上に倒れたまま動かなかった。
反耶は卑弥呼の傍へ近寄った。そうして、片膝をつきながら彼女の背中に手をあてて囁いた。
「起きよ、不弥の女、我は爾の傍へ来た。」
卑弥呼は反耶の力に従って静かに仰向に返ると、涙に濡れた頬に白い羽毛をたからせたまま彼を見た。
「爾は何故に我を残してひとり去った。」と反耶はいった。
卑弥呼は黙って慾情に慄える反耶の顔を眺め続けた。
「不弥の女。我は爾を愛す。」
反耶は唇を慄わせて卑弥呼の胸を抱きかかえた。卑弥呼は石のように冷然として耶馬台の王に身をまかせた。