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きゅうしゅじん
旧主人・芽生
島崎 藤村
Read 旧主人・芽生 (きゅうしゅじん) by 島崎 藤村 (しまざきとうそん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 149,813 characters · 302 screens
神経の鋭いものだけに、主人を懐しむことも恐れることも酷(はげ)しいものと見え、すこし主人に残酷な様子が顕れると、もう腰骨(こしぼね)を隆(たか)くして前へ進みかねる。
「そら牛馬(うしうま)め」
と源は怒気を含んで、烈しく手綱を引廻す。「意地が悪くて、遅いから、牛馬だ。そら、この牛め」
馬は片意地な性質を顕して、猶々出足が渋ってくる。
「やい戯※(じょうだん)じゃねえぞ。余程(よっぽど)、この馬は与太馬(駑馬(どば))だいなあ。こんな使いにくい畜生もありゃあしねえ」
長い手綱を手頃に引手繰(ひきたぐ)って、馬の右の股(もも)を打つ。
「しッ、しッ、そら、おじいさん」
馬は渋々ながら出掛けるのでした。
晴れて行く高原の霧のながめは、どんなに美しいものでしょう。すこし裾(すそ)の見えた八つが岳が次第に嶮(けわ)しい山骨を顕わして来て、終(しまい)に紅色の光を帯びた巓(いただき)まで見られる頃は、影が山から山へ映(さ)しておりました。甲州に跨(またが)る山脈の色は幾度(いくたび)変ったか知れません。今、紫がかった黄。今、灰がかった黄。急に日があたって、夫婦の行く道を照し始める。