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はんしちとりものちょう
時代推理小説 半七捕物帳(二)
岡本 綺堂
Read 時代推理小説 半七捕物帳(二) (はんしちとりものちょう) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 215,865 characters · 432 screens
四
八月はじめの涼しい夜であった。
上州は江戸よりも秋風が早く立って、山ふところの妙義の町には夜露がしっとりと降りていた。関戸屋という女郎屋のうす暗い四畳半の座敷に、江戸者らしい若い旅びとが、行燈のまえに生っ白い腕をまくって、おこんという年増の妓に二の腕の血を洗ってもらっていた。
旅人はここらに多い山蛭に吸い付かれたのであった。土地に馴れない旅人はとかくに山蛭の不意撃ちを食って、吸われた疵口の血がなかなか止まらないものである。妙義の妓は啣み水でその血を洗うことを知っているので、今夜の客も相方の妓のふくみ水でその疵口を洗わせていた。
「おまえさんの手は白いのね。まるで女のようだよ」と、おこんは男の腕を薄い紙で拭きながら云った。
「怠け者の証拠がすぐにあらわれた」と、男は笑っていた。「今夜はなんだか急に寒くなったようだ」
「そりゃあ此の通りの山の中ですもの。それにきょうは霧が深かったから、あしたは降るかも知れない」
「山越しに降られちゃあ難儀だ。お天気になるように妙義様へ祈ってくれ」
「いやさ」と、おこんも笑った。「山越しの出来ないように、あしたは抜けるほど降るがいい。