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じろうものがたり
次郎物語
下村 湖人
Read 次郎物語 (じろうものがたり) by 下村 湖人 (しもむらこじん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 146,773 characters · 294 screens
「いつ、くれたんだい。」
「僕、母さんのお位牌を拝んで出て来ると、梯子段のところで、くれたよ。」
「ふうむ――」
俊亮は、またえたいの知れない返事をしたが、今度は半丁も走らないうちに、ちょっと自転車の速力をゆるめながら、
「じゃあ、恭一には、父さんがもっと上等なのを買ってやろうね。」
「うむ。」
次郎は造作なく答えた。答えてしまっていい気持だった。
彼はもっと上等の万年筆を、しかも、父自身に買ってもらう恭一の幸福を、少しも妬ましいとは感じなかった。彼は、むしろ、恭一に万年筆をもらった喜びの奥に、何かしら気にかかっていたものが、父のその言葉で、すっかり拭い去られたような気がして、はればれとなった。そして、それから五六分もたって、もう一度、落ちついて父の言葉を頭の中でくりかえしてみたが、やはり妬ましい気には少しもならなかった。
(恭ちゃんが僕より上等の万年筆をもつのは、あたりまえだ。)
彼は何の努力なしに、そう思うことが出来た。また、恭一に万年筆をもらわないで、そのかわりに、父に買ってもらうとしたらどうだろう、とも考えてみたが、これもむしろ、恭一にもらったことの方が嬉しいような気がした。