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ししゃのしょ

死者の書

折口 信夫

Read 死者の書 (ししゃのしょ) by 折口 信夫 (おりくちしのぶ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 62,340 characters · 126 screens

Aozora Bunko

物の音。――つた つたと来て、ふうと佇ち止るけはい。耳をすますと、元の寂かな夜に、――激ち降る谷のとよみ。

つた つた つた。

又、ひたと止む。

この狭い廬の中を、何時まで歩く、跫音だろう。

つた。

郎女は刹那、思い出して帳台の中で、身を固くした。次にわじわじと戦きが出て来た。

天若御子――。

ようべ、当麻語部嫗の聞した物語り。ああ其お方の、来て窺う夜なのか。

――青馬の 耳面刀自。

刀自もがも。女弟もがも。

その子の はらからの子の

処女子の 一人

一人だに わが配偶に来よ

まことに畏しいと言うことを覚えぬ郎女にしては、初めてまざまざと、圧えられるような畏さを知った。あああの歌が、胸に生き蘇って来る。忘れたい歌の文句が、はっきりと意味を持って、姫の唱えぬ口の詞から、胸にとおって響く。乳房から迸り出ようとするときめき。

帷帳がふわと、風を含んだ様に皺だむ。

ついと、凍る様な冷気――。

郎女は目を瞑った。だが――瞬間睫の間から映った細い白い指、まるで骨のような――帷帳を掴んだ片手の白く光る指。

なも 阿弥陀ほとけ。あなたふと 阿弥陀ほとけ。

何の反省もなく、唇を洩れた詞。この時、姫の心は、急に寛ぎを感じた。