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せっしょうだにのおにび
殺生谷の鬼火
山本 周五郎
Read 殺生谷の鬼火 (せっしょうだにのおにび) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,545 characters · 19 screens
千切れた袖
――その小作人は夢中で村へ逃帰ったが、その夜のうちに訳の分からぬ高熱をだして、ひと晩中狂ったように、
「鬼火が俺を曳いて行く、鬼火が俺を殺生谷へ曳いて行く」
と叫んでいたが、遂にそれから三日めに死んで了った。
そんな事があってから間もなく、人々は夜になると殺生谷の方から、呻るような、叫ぶような、気味の悪い声が聞えて来るのに気付いた。――それは人間の声ともつかず獣の声ともつかず、或時は微かに或時は鋭く、高く……聞いていると骨の髄から慄然とするような恐ろしい声だった。
「ああ、殺生谷の底から土人の怨霊が呼んでいるんだ」
人々は恐怖に戦きながら囁交した。
千切れた袖
「ところが今から五日まえの事でがす」
平造老人は続けた。
椙原家の作男で吾平というのが、使を命ぜられて西の家へ行った。――西の家とは、敦夫の父の弟で、敦夫たちには叔父に当る源治の住居である。椙原源治は極めて人嫌いな偏屈人で、兄の壮太郎とも仲が悪く、村の西端れにとび離れた一軒家を建て、兄からの仕送りで今尚妻も娶らずに暮していた。
吾平は西の家で用を足し、それからもう一軒小作人の家を訪ねたので、帰途についたのはとっぷり暮れてからだった。