Read classic Japanese books with furigana
ja-reading.com
Read classic Japanese books online with furigana. Filter by JLPT level, tap a word for the meaning, and translate a sentence.
りんらくのこうじょのおぼえがき
淪落の皇女の覚書
久生 十蘭
Read 淪落の皇女の覚書 (りんらくのこうじょのおぼえがき) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 28,649 characters · 56 screens
母の偏狭な性質には父は死ぬまで悩まされつづけましたが、それでも仲はいいほうでした。それもそのはず、父は一切母に逆らわず、言いたいように言わせ、したいとおりにさせておいたからです。そういう父でも、たった一度、ほんとうに怒ったことがありました。
十六年の九月のことでした。冬宮附属の博物館に保管してあったロマノフ家の宝物のうち、大カザリン女帝の王冠の柘榴石とイワン雷帝の王冠の真珠とアレクサンダア二世の王冠の青ダイヤと、そのほか壁掛のゴブランなどが、いつの間にか模造品と上手にすりかえられているのを式部次官のトルストイ伯爵が発見し、専門家の確認書を添えて父に報告しました。その金庫は父と母と式部次官の三人しか知らない暗号の組合せで開けるので、父でなければ式部官、二人でなければ母なのです。父は母にたいする痛ましい疑惑で三日ほど懊悩していましたが、その午後、確認書を持って母の居間へ行き、刺繍をしている母のそばに立ってだまって確認書を読みあげてから、「私はこの結論を掴んでいるんだが」といつになく強い調子でいって正面から母の顔を凝視しました。母は手も休めず、ひとのことのような無関心な顔をしていましたが、「宝石がどうだとおっしゃるんですか。