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わたらせがわ
渡良瀬川
大鹿 卓
Read 渡良瀬川 (わたらせがわ) by 大鹿 卓 (おおしかたく) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 280,528 characters · 557 screens
――あれを思いこれを思うと正造は胸苦しくなって、ふーッと大きな溜息をもらし、握り拳で膝をたたいて大きな声をだした。「ああ関東は不幸なり!」廊下を通りかかった女中が、驚いてふりかえった。
正造は半紙を綴った日記帳をとりだして記した。
「声立てよ、鳴呼関東は不幸なり」
「国民は法律師の奴隷たるべからず。被害民は被害地を指して、我は此の国土の所有主たることを忘るべからず」
四月三日、煙るような春雨だった。雨中の水面に祖朶をつんだ海苔採り舟が、水脈をひいてゆく。その妙にものあわれな景色は、洪水時の空と水とを思い起させた。障子を閉じると、軒しずくの音が座敷のうちに充ちてきた。正造は独り黙然と端坐しているうちにおのずから涙が頬を伝った。正造はその日の日記に書きとどめた。
「人は屋漏に恥ず、我は屋漏に涙潸々。嗚呼、人の言動、一室に独り泣く時は誠なり。天下の事、一室にあり。一滴の涙こそ、天下を湿さん」
病苦は衰えてきたというものの、まだ十分ではなかった。もう十日も静養することができればとは自身にもわかっていたが、その余裕も許されなかった。十五日に帰郷して、その夜は古河に一泊、翌日は藤岡町ほか八カ村の委員に会って終日鉱毒談に費した。