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たまものまえ

玉藻の前

岡本 綺堂

Read 玉藻の前 (たまものまえ) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 130,703 characters · 261 screens

Aozora Bunko

昔を忍ぶようにしみじみと託たれて、千枝太郎もなんだか寂しい心持になった。女に対する年ごろの積もる怨みは次第に消えて、彼はいつかその人を憫れむようになって来た。彼はもう執念深く彼女を責める気にもなれなかった。

「父御はあの明くる年に死なれたそうな」と、彼は声を沈ませて言った。

「おお、御奉公に出た明くる年の春の末じゃ。関白殿のお指図で典薬頭が方剤を尽くして、いろいろにいたわって下されたが、人の命数は是非ないものでのう」と、玉藻も今更のように眼をうるませた。

「お師匠さまが山科の家の門に立って、これは凶宅じゃ、住む人の命は保つまいと言われたが、その卜占はたしかにあたった」

「お師匠さまはそのように申されたか」と、玉藻の瞳はまた動いたが、やがて感嘆の太息をついた。「卜占に嘘はない。お師匠さまは神のようなお人じゃ」

「それは世にも隠れのないことじゃ。四年このかた、わしもおそばに仕えて何もかも知っているが、お師匠さまが空を見て雨ふるといえばきっと降る。風ふくといえばきっと吹く。あつい襖を隔てて他人のすること一から十まで言い当てらるる。お師匠さまが白紙を切って、印をむすんで庭に投げられたら、大きい蟆めがその紙に押しつぶされて死んでしもうた」