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たまつきばのいちぐう
球突場の一隅
豊島 与志雄
Read 球突場の一隅 (たまつきばのいちぐう) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,111 characters · 29 screens
四
松井の下宿は静かな裏通りにあった。彼の室のすぐ前には可なりの庭があった。彼はよく机に凭れながら更けてゆく秋を眺めた。樹の梢が高く空に聳えていた。夜には星が淋しく美しく輝いた。
彼はやはりよく球突に通った。多くは村上と二人で、稀には自分一人で。然しおたかの周囲にはそれきり何の変りもなかった。ずるずると引きずられてゆくような現状が続いた。
けれどある日おたかは球突場に姿を見せなかった。そしてそのまま五日過ぎ十日過ぎるようになった。と前後して林の姿も見えなくなってしまった。
松井と村上とは余りおたかのことについて話し合わなかった。彼等はその話を避けるようになった。ある気まずい感情があって、それがお互に心の底を隠すようにさした。
ある晩、松井が自分の室の障子をあけて、ぼんやり空の星と庭の木立とを見ていた時、そしてとりとめもなくおたかとその周囲とのことを腹立たしく思い起していた時、村上が急いでやって来た。
「おいおたかに逢ったよ。」と村上は眼を丸くしていた。彼が友の家を訪ねて、帰りにぶらりぶらり広小路を歩いて来ると、向うからおたかがやって来るのに出逢った。