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やのしのとい
矢押の樋
山本 周五郎
Read 矢押の樋 (やのしのとい) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,468 characters · 29 screens
六
――兄上、お見事でございました。
梶之助は心で泣きながら叫んだ。
弔問の客がすっかり帰り去ったのは、もう黄昏に近い頃であった。……最後に塩田外記を送り出したなつと梶之助は、急にひっそりとなった家の中で、新しく盛上って来る大きな悲歎を、初めてまざまざと互いの心のなかに感じ合った。
二人は仏間へ入って行った。仏壇には燈明が瞬いていた、そして、香の煙がその光暈のなかでゆらゆらと条を描いていた。……なつ女は水晶の数珠を指に掛け、小蝋燭を代えながら静かな声で云った。
「お仏前が寂しゅうございますのねえ」
「…………」
「お花を上げたいのですけれど」
梶之助はそっと嫂の後姿を見上げた。
「まだいけないのだそうでございますの。……お通夜の済まぬうちは、お花を上げるものではないと申します」
落着いた静かな声音であったが、手が泣いていた。……わなわなと震える指につれて、水晶の数珠が微かに冷たい音を立てている。梶之助は膝の上でぐっと拳を握緊めた。
六
監物の死は大きな波紋を描きだした。
借款が失敗に終ったとすれば、差当って糧米の買付けが出来なくなる。唯一のたのみを絶たれた家中の狼狽もひどかったが、早くもそれを伝え聞いた領民は騒然と動揺し始め、一刻も忽にならぬ状態となって来た。