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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
「大儀だった」
正成が代って。
「では、そちは吉野落城のてんまつやら、宮の落ち行かれた様子などにも詳しいの」
「へえ、あらまし、この眼で見届けもし、耳袋へも聞き集めてまいりました」
「それ、聞きたい」
と、正成がいうと、大蔵は黙って、それとはべつな内ぶところをさぐり始めた。そして権三から取り上げた例の敵方の手になる“水ノ手調べ”の書類を正季の前へさし出して。
「まず、こちらから御覧くださいまし。いささかお土産になるつもりで、途中手に入れた物でございますが」
正季は、繰りひろげていたが、その詳密なのに驚いた容子であった。もしこれが城下の敵将に渡っていたら? と呟きながら兄へも見せた。
正成は、それと大蔵の眼ざしを見くらべては、また見ていたが、やがて心もち頭をさげて言った。
「かたじけない、大蔵、礼をいうぞ」
大蔵は、苦労のしがいがあったと思う。
正成の面上には、ことばだけでない感謝が見える。それだけで、彼は充分、満足だった。
――世上、この人の首には、丹後船井ノ庄で一郡という懸賞がひろく言いふらされている。
その首は彼の前にあった。
しかし元々、正成の首を狙うなどは、大蔵の本心でもなかったし、また出来ないことは知っていた。