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しほんたいへいき
私本太平記(四)
吉川 英治
Read 私本太平記(四) (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 229,324 characters · 458 screens
「郎党どもではお世話の儀もとどきかねましょう。止めおきますゆえ、どうぞお気ままに」
彼も酔っていた。夕方からの饗応役で、夜半にちかい。しかしそこの門を辞すやいな、直義は柳堂へ馬をとばした。本陣柳堂までには一里余もある。
陣門を入って、柳堂の宿直の武者に、
「殿は」と、訊くと、つい今しがたまでは、今川、細川、吉良、その他の諸将と、何やらご評定に更けていたが、はや、ご就寝のようです、という答え。
直義はすぐ池のほうへ歩いた。そこから野や木立へかけて、各部隊の陣のとばりが、何かの花の群落みたいにほの白い。
「……?」
案のじょう、一色党の幕舎だけが、かがり火、人影、ただならない気色にみえる。彼はそれへ駈けた。彼の姿をみると、槍長柄で外をかためあっていた武者ばらも、
「おっ、直義さまだ。ご舎弟さまが見えられたぞ」
と活気だち、その声は、とばりの内で、夜半の野評定をひらいていた車座の輪へひびいて、そこの人々の顔を一せいに振り向かせた。
車座は燃えていた。かがり火もその激昂をたすけ、どの顔の隈もみな赤い。
一色をはじめ、吉良、今川、石堂など三河党の将はあらましいたが、宗家の将では、高ノ師直、師泰がみえるだけだった。