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しほんたいへいき
私本太平記
吉川 英治
Read 私本太平記 (しほんたいへいき) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 116,638 characters · 233 screens
「この男」
と、信じられているほどなものはあった。何を持って行っても、あらましはそれをしりぞけて受けつけなかった。しいて押しつけてみたところで彼には“置いて行き損”でしかないと分って、その点、
「高の殿は、きつい御潔癖だの。ニガ手な殿よ」
という定評が、定評となっていた。尊氏もこれは知っている。家宰としての師直の縦横な才腕をのぞいても、そこだけは高く彼を買っている所以だった。
けれどこの師直にも“好き”はあった。女色である。「われにはゆるせ――」で、彼はこれを隠そうとしていない。
ゆらい彼は醜男だった。木像蟹の名さえあったほどである。女にもてたことのない醜男の胸中には、若年から人知れぬ鬱積があるらしく、師直の胸中にも多年「……時をえたら」とする念がひそんでいた。時をえたら俺でも女にもててみせるぞ、という女への復讐にも似た悲壮なる欲念だった。そして今日の彼は、その時に会し、その権勢をもち、また多少の閑をえていた。
そこでこの小康時代に、彼は露骨にあたりの女界を観て、思うさまな女色をなめずり出した。それも下婬は問題でない。彼が渇いていたのは、いわゆる上婬の女性で、貴種でなければならなかった。