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わらうおしおんな
笑う唖女
夢野 久作
Read 笑う唖女 (わらうおしおんな) by 夢野 久作 (ゆめのきゅうさく) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 15,719 characters · 31 screens
それから何もかもモト通りに直して、薬戸棚の硝子戸をピッタリと閉じた。
その時に彼の背後の、開放しにして来た廊下の暗闇で微かな、深い溜息が聞こえたように思ったので、彼はハッとばかり固くなった。慌ててカプセルを右手に握り込んだまま、指先走りに廊下に出てみたが、しかしそこには何の人影も無く、真暗な中廊下の向うの、閉め忘れて来た渡殿の入口の片側に、白桃の花が白々と月あかりに見えたので、今度は彼自身が思わず、深いタメ息をさせられた。
彼は彼自身を勇気付けるかのようにタッタ一人で微笑した。悠々と薬局に帰って、小型のビーカーを取上ると常水を六分目程満たした。塩酸モルヒネ入りのカプセルと一所に左手に持って、薬局用のスリッパを爪探った。薬局の横の扉の掛金を外して、勝手口の外側に出た。
軒下の暗がり伝いに足音を窃み窃み、台所の角に取付けた新しいコールタ塗の雨樋をめぐって、裏手の風呂場と、納屋の物置の廂合いの下に来た。
そこでは西へ傾いた月が、かなり深い暗がりを作って、直ぐ横手の白光りする土蔵の壁を、真四角に区切っていた。
彼は絶対に音を立てないように……まだ痲酔しているであろう唖女の眼を醒まさないように、用心しいしい納屋の扉の掛金を外した。