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おうがいのけんこうとし
耄碌寸前
森 於菟
Read 耄碌寸前 (おうがいのけんこうとし) by 森 於菟 (もりおと) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 43,925 characters · 89 screens
は関白秀次の魄が高野の山中に旅僧をおびやかす物語である。
近ごろはあまりないが以前私はよく夢に、亭々として漆黒にそそり立つ杉木立の間の径を果てしなく歩むことがあった。
先は永遠の幽冥世界であることを意識しつつ怖れ気もなく漠々と進むのである。
その時後の方遠くかすかに人の呼ぶのをきく。声がようやく高く身がそちらにスーッと引かれると感ずる瞬間に眼がさめる。私はこの時肉体から離れる魂が引き戻されたので、生命の燈の消える時はおそらくおぼろの意識の中にあの夢を見つづけて行くのであろうと想像する。
夢の中で魂と魄と分離して行動する話は台湾にいた時黄氏鳳姿の台湾民話で読んだがほかの土地にもあるであろう。また魂魄が同一人で時を異にして活動する物語は誰も知っているスティーヴンソンの『ジーキル博士とハイド氏』のようなもので、東西古今にわたって少くないことと思う。
さて私がどうしてこんな話を書いたかと言うと、おのれの職業がらそれぞれの解剖台に横たわる多くの死体を実習場で見渡すとき、死後の顔に魂の平和に微笑んでいるものと、魄がのさばり返って醜くゆがんだ形相とがあるような、まことに非科学的な錯覚にとらわれることがあるからである。